きたろうの編集日記

学生新聞をはじめとする学生メディアを考える

新聞サークルの実態とは

来てくれてありがとう。

以下敬称略。

今は多くの大学で授業が再開されるころだ。夏休みには学生だけでなく大学そのものもあまり動きを見せるものではないから、なかなか大学関連の記事を書くのは難しいかもしれない。部員の「イベント体験レポート」「夏休み○○体験記」などが多くの学生新聞で紙面を飾ると思われる。楽しみだ。

さて、今回は日本各地の学生新聞サークルの実態について私の感想を述べる。ただし、十分に下調べを行ったわけではなく、今私が知っている範囲での感想に過ぎないので留意してほしい。

新聞というのははっきり言って斜陽産業である。すでに新聞市場は縮小の一途と言われている。新聞紙面にこれ以上科学的な技術向上は見込まれないから、どうしてもこれから新聞(特に総合紙)の売り上げが伸びていくということはないだろう。大学での新聞編集経験がマスメディア就職につながることを考えると、新聞業界衰退の影響は必ず学生新聞にも及ぶはずだ。今後、新聞の衰退とともに新聞サークルへの入部を望む人が減っていき、やがてサークル自体が消滅するということも現実性を帯びてくる。

実はすでに首都圏の大学とその他の大学との間では新聞サークルの間に格差が生まれつつある。東京は情報発信の中心地であり、出版・印刷業の聖地でもあるから、首都圏の新聞サークルはまだまだ十分に活気があるように見える。青山学院大慶応義塾大・上智大・一橋大・法政大・筑波大・東京理科大の新聞サークルは「関東学生新聞連盟」という組織を結成し、それぞれが独自に新聞を発行しつつも、合同で定例会などを開いているようである。また東京大学新聞はさすがというべきか、1学生団体でありながら財団法人を運営する規模だ。慶應塾生新聞会のニュースサイト「JUKUSHIN.COM」も読みごたえがある。

www.todaishimbun.org

www.jukushin.com

一方、関西圏の学生新聞の実態は、インターネット上ではよくわからない。関西ではUNN関西報道連盟というインターカレッジ団体に9大学(京都大・同志社大立命館大・京都女子大・大阪大・関西大・神戸大・関西学院大神戸女学院大)の「報道サークル」が加盟し、合同で新聞を作っているようである。しかしその新聞紙の題は各大学によって「京都大学CLOCK」であったり「同志社大学PRESS」であったりする。ところが京都大にも同志社大にもそれぞれ別の発行団体(というより従来新聞を発行し続けてきた伝統的な新聞サークル)による「京都大学新聞」「同志社学生新聞」が存在する。つまり新聞サークルが1つの大学に複数ある状態なのだ。これは同じ大学の中で新入部員の取り合いにもなりかねないし、また体力不足で共倒れになる危険もある。合同で新聞を作っているということは、新聞作成が盛んであると考えることもできるかもしれないが、「合同でなければ新聞を作成できない状態になっている」と考えることもできる。実際に、大阪大学神戸大学の新聞サークルはインターネット上にWebサイトを公開しているが、更新は数年間止まったままだ。筆者は両大学の新聞を購読していないので、まだサークルが存続しているかどうか確認のしようがない。

www.unn-news.com

そして首都圏から遠く離れた九州大と北海道大では、すでに帝国大時代からの由緒ある新聞が休刊に追い込まれてしまったようである。九州大学新聞は大学附属図書館が電子化して公開しているらしい。

 

新聞が時代を反映する史料とされるのと同様に、学生新聞は時代を記録するパピルスだと私は思う。その時代に生きた学生たちがどのようなことを考え、どのような生活をし、どのようなことを望んでいたのか、それを知るきっかけであり、その答えである。大学の部室で古い新聞をめくってみると、教科書にも大学史にもない歴史がそこに確かに残っているのを目にすることができる。新しい施設の建設に伴って古い建物が取り壊されるときに感じる寂しさ。汚職に憤慨する声。学部の移転決定に戸惑う人々や喜ぶ人々。大学の歴史資料館では知ることができない学生たちの生々しい姿がそこにはある。大学という組織のなかにくるめられることなく、そこには確かに学生が存在した証拠が、その記事が、署名とともに残されているのだ。

この新聞ならではの特徴は、監督個人の意図が色濃く表れてありのままの学生が埋没してしまう映画や、娯楽に走りがちなテレビ・ラジオ放送など、学生が運営するその他のメディアとは一線を画す。この学生新聞の魅力に私は心を惹かれているのだ。